私の研究について
博士課程までNb3Snを研究していた。 よく「どんな研究していたんですか?」と聞かれ「Nb3Sn超伝導体の微細組織制御による電流特性向上の研究です」と返事していたが、当然皆さん「???」の状態であった。 それは、研究内容を理解するための前提知識が多すぎるからだと思う(それだけニッチな研究をしていたということ)。 他の人に説明するため、また自分の理解を整理するためにここに研究内容をまとめる。
まずは超伝導体について説明する。 超伝導体とは、すごくざっくり言うと、すごく大きな電気を流すことができる材料である。 材料に電流を流すと熱が発生する。この熱は電流の大きさに比例するため、大きな電流を流すと大量の熱が発生して電線が焼き切れてしまう。 焼き切れてしまっては電流を流すことはできない。 超伝導体は電流を流しても熱が発生しないため、大きな電流を流すことができる。 非常に大きな電流が必要な核融合発電炉(こちらが参考になるかも)、粒子加速器に利用されることが期待されている。 また、安定した磁場を生成できるというメリットもあり、これを活用してMRIに利用されている。
Nb3Snとは超伝導材料の1つで、半世紀前ほどから研究・実用化がされている超伝導材料だ。 Nb3Snは枯れた技術であり、特性向上の最適化の研究も既に進んでいるため、これ以上の特性向上はあまり期待されていなかった。 超伝導材料を実用化するのはいくつかの条件がある(これは超伝導体に限らず材料全般に言えること)。 まずはその形状だ。 超伝導体は電流を流すために利用されるので、その形状は線材(ワイヤ)であることが理想的である。 そのほかにテープ状も考えることができるが、これはワイヤよりも使いにくい。なぜならば、テープの方向によって曲げやすさが違うからだ。 現在、さまざまな超伝導体が研究されているが、材料を作る工程上の制約があってテープ状のものも多い。 しかし、Nb3Snは加工がしやすい金属を組み合わせて生成することができるため、ワイヤ状のものを作ることができ、実用性の観点では今でもNb3Snは有望な超伝導体である。
しかし、先に述べたようにNb3Snの特性は頭打ちの状態であった。 超伝導体の特性とは、一般的には臨界電流特性、臨界磁場特性、臨界温度特性がある。 ここでは臨界電流特性について焦点を当てる。 臨界電流特性(以下ではめんどくさいので臨界電流特性を電流特性と呼ぶことにする)とは、ざっくり言うと超伝導体に流すことができる最大の電流のことである。 超伝導体は多くの電流を流すことができるが決して無限に電流を流すことができるわけではない(かつての私は無限に流せると思っていた)。 流せる電流の量を増やすことができれば、大きな磁場を発生(電流によって磁場が発生する。アンペールの法則が参考になると思う)するので、大きなエネルギーを生み出せる核融合や粒子加速器を実現することができる。 このことから超伝導体の電流特性の向上は重要である。
Nb3Snの電流特性を向上する研究は大きく分けて2つある。一つはワイヤの断面構造の最適化によって特性向上をはかるもの、もう一つはNb3Snの生成工程の最適化によって特性向上をはかるものである。それぞれの研究を説明するために、Nb3Snがどのように生成されるのかを説明しなければならない。
Nb3SnはNb(ニオブ)とSn(スズ)という金属が合成して生成される。 この合成のためには拡散という反応が必要だ。 拡散反応とは、2つの金属が接触している状態で熱処理(温度を500 - 700度にして長時間放置すること)を行うことで、2つの金属が混ざり合って新しい金属が生成される反応のことである。NbとSnを接触させた状態で熱処理を行うことで、Nb3Snが生成される。 Nb3Snワイヤの作り方は金太郎飴の作り方に似ている。金太郎飴はまず断面が金太郎に見えるように材料を配置して、それを細く伸ばしていく。 Nb3Snワイヤも同じでNbとSnを使って任意の断面を構成した前躯体を細く伸ばしていく。その後、熱処理を行うことでNb3Snが生成される。
さらに詳しく言うと、正確にはNbとSnを組み合わせて前躯体は作っていない。 NbとSnは直接拡散反応をせず、Cu(銅)を媒体としないとSnが拡散しないことが知られていたからだ。 なので実際は、NbとCu-Sn(ブロンズ)という金属を組み合わせてNb3Snワイヤを作っていた。 このような製法をブロンズ法と呼ぶ。 ブロンズ法は現在に実用されているNb3Snワイヤの製法として使われている。
Nb3Snの生成について説明したところで「ワイヤの断面構造の最適化によって特性向上をはかる研究」について説明しようと思う。 先に述べたようにNb3Sn前躯体の断面はNbとSnで構成されている。この断面構造を最適化することによって、電流特性を向上させることができる。 最適化の観点は、Nb3Snの面積の最大化だ。 線材断面の100 %がNb3Snであることが理想的であるが、NbとSnで構成された前躯体を熱処理してもそうはならない。 だから、Nb3Snの面積の最大化が重要である。 NbとSnの拡散反応はSnがNbの方に拡散してNb3Snが生成される。 例えば、Snの周りにNbがあると内側にはSnが拡散してNb3Snが生成されるが、外側にはSnがないのでNb3Snが生成されない。 外側にもSnを配置してやると、内側と外側のNb3Sn面積を増やすことができる。 こういったアイデアをもとに何度も実験を繰り返してNb3Snの断面構造の研究は進められてきた。 この研究は一見簡単そうに見えるが、難しい問題がある。それは加工性の問題である。 Nb3Snの前躯体のようなNbとSnで構成されているものは複合体と呼ばれ、これを細いワイヤに伸ばすことは銅線のような単一の物質で構成されているものよりも加工性が悪い。 具体的にどう悪いかというと、複合体は細く伸ばす過程でワイヤが切れる。 この加工性について、ワイヤの断面構造がどう影響するのか詳しくはわかっていない。一般的にはワイヤを構成する材料の硬さが均一であるほど良いとか言われているが、詳しいことまでは体系的に知識化(数式化)されていない。ここは実験を繰り返すたびに個々人に経験として知識が蓄積されていくものである。私も研究の過程でこの試行錯誤をめちゃくちゃ繰り返してきた。これは良いアイデアだ!と思いついたワイヤを1ヶ月かけて作っても最終工程で加工性の問題で実験サンプルが作れないことも多くあった。そのときは本当に心がめげそうになる。しかし、次第にコツがわかってくるのである。私はこのプロセスを「金属と会話する」と呼んでいた。実際複合体金属にどんな加工をすると痛がるか、その気持ちがわかってくるのである。多分、これらの人をさらに高尚に呼んだものが錬金術師であると私は思う。
Nb3Snの生成工程の最適化によって特性向上をはかる研究について説明しようと思う。 これはNb3Snの結晶構造に焦点を当てたミクロな研究である。 半世紀前の研究で、Nb3Snに全く別の元素を添加すると電流特性が向上することがわかった。 具体的にはTi(チタン)、Ta(タンタル)、Zr(ジルコニウム)などが添加されることが多い。 これらの元素をNb, Snとは別に前躯体の中に仕込んでおいて加工・熱処理を行うことで高い電流特性を持つNb3Snを生成することができることがわかった。 当時の研究では、元素添加と電流特性の関係は実験結果に基づいたマクロ的な理解がされていた。 つまり、元素添加がNb3Snの結晶生成にどのような影響を与えることはわかっていたが、それがなぜそのような効果があるのか、そしてそれがどのように電流特性に影響を与えるのかについては詳しくわかっていなかった。 もっと具体的に言うと、「Tiを添加すると電流特性が上がる」「Ti添加によってNb3Sn結晶が微細化され超伝導体のピンニング特性が向上する(ここは難しいので流し見していただいて構わない)」ということはわかっていたが、「なぜTi添加によってNb3Sn結晶が微細化されるのか」について詳しくはわかっていなかった。 この研究はNb3Sn研究の第1人者の太刀川恭二先生を主にして進められてきたことは超伝導業界では有名だが、なぜ先生がNb3Snに元素を添加するといったアイデアを思いついたのかは私には全くわからない(ここが最も知りたかった)。錬金術師ゆえの勘なのかなと私は思っている。
これらの研究がされてきたが、このNb3Sn超伝導体の電流特性の向上はこの20年あたりはあまり進歩がなかった。 Nb3Snの研究は金にならない、といってその研究者も少なくなっていた。 そんな中、近年Nb3Snの結晶組織の研究に再度注目が集まった。その背景には微細組織研究をするための器具(SEM、TEMなどといった顕微鏡の上位互換)の進歩があるのではないかと私は思うが詳しくはわからない。 そのような状況の中、太刀川先生と先生の指導を受けていた研究グループが再度Nb3Snの研究を始めた。そのほんの一部が私が行っていた研究である。
やっと私の研究が説明できる。私の主な研究は「内部スズ法におけるNb3Snワイヤへの元素添加とその超伝導特性への影響の研究」である。 内部スズ法とは先に説明したブロンズ法と同様Nb3Snワイヤを製造するための手法だ。ブロンズ法がNbとCu-Suを利用していたのに対して、内部スズ法ではNb、Cu、Snを利用した方法である。ブロンズ法のCu-SuをCuとSnに分離した方法であると言え、非常にシンプルなアイデアである。 内部スズ法は決して新しいアイデアではない。ブロンズ法が発明された少し後に提案された。 しかし、内部スズ法は実用性の観点で懸念事項が多かった。 先に述べたように、複合体を加工する際にはワイヤの断面を構成する材料の硬さが均一であることが重要である。 ブロンズ法において構成材料であるNbとCu-Snは硬さが同程度であり、断面構成の硬さが比較的均一であった。 しかし、内部スズ法においてはNbとCu、Snの硬さが異なるため、断面構成の硬さが均一でない。 特にSnは非常に柔らかい(手で曲げることができる)ため、内部スズ法の断面の硬さは不均一であり加工性に難ありだった。 長い間の断面構造の研究によって、内部スズ法の断面構造の最適化も研究が進んできた。 さらに、SnにTiなどの元素を添加することによってSnを硬くすることができ、断面硬さの均一化が可能であることがわかった。 このように先の2つの研究の考え方を融合することによって、内部スズ法が実用線材として有望であることわかってきたのである。
内部スズ法という新しい単語が出てしまったために、私の研究の説明はもう少し先になりそうだ。 内部スズ法は先に述べたようにNb、Cu、Snを構成材料として利用する方法である。 きっと、ブロンズ法と何が違うのか?ただ断面の構造を複雑にして加工性を悪くしただけではないのか?と思われるかもしれない。 その違いは断面に含めることができるSnの量である。 内部スズ法はブロンズ法に比べて断面積あたりのSnの量を多くすることができる。 というのも、ブロンズ法で用いられるCu-Sn(ブロンズ)はその合金の特性上、16 %程度しかSnを含めることができない。 それ以上のSnを含めるような合金は作ることができない。 内部スズ法はこのSnの含有量の制限を解消した方法である。 断面の構造を設計することで、Snの量を自在に操ることができる。 ここで、「なぜSnの量が重要なのか?」と思われたかもしれない。 Nb3SnはNbとSnのみから構成されるので、Snの量が多いほどNb3Snの量が多くなる。 Cu(銅)はあくまでNbとSnの拡散反応を促進するための触媒的な役割を果たしているに過ぎない。 であるから、Cuの量を減らしSnの量を大きくすることが重要である。
構成材料が同じであるため、内部スズ法におけるNbとSnの拡散反応やNb3Sn生成プロセスはブロンズ法のものとほとんど同じだろうと考えられていた。 しかし、私が研究に参画する直前にどうやらそうではないらしいということを示唆する実験結果が明らかになった。 その研究では、内部スズ法のSnにTiを添加したワイヤの研究であった(Ti添加によってNb3Snの特性が向上することは先に述べた)。 内部スズ法とブロンズ法についてNb3Sn反応プロセス同様てあると考えると、内部スズ法においてもTiはNb3Snに均一に拡散するだろうと考えられていたが、実際にはSnはTiと化合物を生成して、Nb3Snの生成に寄与しないことが明らかになった。 この「内部スズ法とブロンズ法ではNb3Sn生成プロセスがどうやら違うらしい」という予感から私の研究がスタートした。
私の研究は「Ti添加が内部スズ法Nb3Snの特性を大幅に向上する」という仮説のもと進めた。 まずはTiの添加場所の最適化の研究を行った。 内部スズ法はその構成部品がNb, Cu, Snであるため、それぞれにTi添加することができる。 それぞれに添加した場合にNb3Snの特性がどのように変化するかを調べた。 結果は簡単に述べることができない。 というのも、一概にいいということができないからだ。 実用性を無視すれば、CuにTi添加するのがもっとも特性向上する傾向があることがわかった。 しかし、Cu-Tiは非常に硬く、さらに加工する度合いが大きくなるほど(どんどんワイヤを細くするほど)加工性が著しく悪くなることがわかったのだ。 実際、ラボラトリースケール(labralory scale: 実験室で簡単に確認するためのワイヤの大きさで実用線材よりも単純かつ太いワイヤ)においても加工性が悪いことが確認された。 また加工性の悪さが影響して、それほど高い特性が確認できなかった。 しかし、Nb3Snの結晶組織を調べると過去・現在の研究で特性向上に大きく寄与すると考えられている組織が得られていることが確認された。 このことから、CuにTi添加するのがもっとも特性向上すると結論づけたが、やはり実用性の観点では未だ懸念点がある。
さらに私が博士課程にあるときに海外の研究グループによって新しいことが発見された。 それは内部スズ法におけるNbにTa(タンタル)とHf(ハフニウム)を添加することよって、Nb3Snの特性が大幅に向上したというものであった。 具体的にはこれらの元素添加によってNb3Snの結晶が大幅に微細化され、超伝導特性が向上したというものであった。
ここでまた説明である。 Nb3Snの特性は元素添加によって向上すると先に述べたが、それはミクロで見ると元素添加によってNb3Snの結晶が微細化されるからである。 Nb3Snの結晶が微細化されると、超伝導特性が向上ことが知られている。 それは超伝導のピンニング特性が向上するからである。 超伝導体は、その中に磁場の侵入を許さない性質があるもの(第1種超伝導体)と、磁場の侵入を許す性質があるもの(第2種超伝導体)がある。 第1種超伝導体では、強い磁場にさらされているときにある一定の磁場までは、磁場の侵入を許さずに超伝導状態(=熱を発生せずに電気を流せる)を維持する。 しかし、外部の磁場がさらに大きくなると、磁場が侵入し超伝導状態を失う。 一方、第2種超伝導体は部分的な磁場の侵入を許しても超伝導状態を維持することができる。 それは磁束が超伝導体内で固定されるという性質があるためである。 この磁束を固定することをピンニングと呼ぶ。 このピンニング点から磁束が動き出してしまうと超伝導状態が失われてしまう。 超伝導体内でピンニングになり得るものは様々あるが、結晶粒界(結晶の境目)は代表的なピンニング点であると考えられている。 つまり、超伝導体のピンニング点が多ければ多いほど、磁束の引っかかる場所が多くなるため、超伝導の特性が向上すると考えられている。 Nb3Snの結晶の大きさを小さくすることによって結晶粒界、つまりピンニング点を増やすことができるため、超伝導特性が向上すると考えられている。
このTa, Hfの同時添加によってNb3Sn結晶が微細化されるという報告によって、さらにNb3Snの結晶粒の研究を進めた。 先の内部スズ法におけるTi添加について、Cuに添加した場合はNbやSnへの添加に比べてNb3Snの結晶が大幅に微細化されることがわかった。 Ta、Hfの同時添加については私の博士課程中にできたことは少しだけだったので、現在は他の研究者が引き継いで研究を進めている。
以下は余談。 私の研究はブロンズ法の時代に太刀川先生が進められてきたものを内部スズ法に応用しただけである。 アイデアも何からも拝借したものである。 新規性もまあそんなにないと思う。 しかし過去の研究を見ても、研究はこんな感じで徐々に進歩していくものなんだろうと感じている。 今思うと学生だった頃の考え方は間違えていたのかなあと思う点がある。 それは、研究には大胆な仮説が必要だ、ということだ。 私は科学とは個人の勘はできるだけ排除して、着実に積み上げた実験事実から新しい知見を得ていくものだと思っていた。 しかし、実際は個々人の言語化できていない勘とこれまでにわかっている実験事実を組み合わせて大胆に仮説を立ててその検証を進めるのが科学なのだろうなと今は思う。 実際私が学生の頃は実験事実をもとに大胆に仮説を立てるボス(担当教授)に対して、何かずるくて非科学的な印象を持っていたが、そんなボスが新しい発見をどんどんしていたので、大胆な仮説を立てて検証すること、そのサイクルを早くすることが科学なのだろうと思う。これはPDCAサイクル、スクラム、アジャイル開発の考え方と共通しているものなんだろうなとも思う。
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