ノート術について
社会人になった4年前から、ノート術についてずっと考えてきた。 というのも博士課程の時は、ノートやメモを取るのが習慣になっており、それが重要であることをわかっていたからである。 しかし、社会人になってソフトウェアエンジニアとして働き出してから、ノートに対する価値観が変わったように思う。 博士課程までは、まずノートは実験結果やそこから得られる考察を記していた。 ノートに書かれた実験結果や考察を教授に見せて、ディスカッションして新しい結論が生まれて、それをまたノートに書いて、といったフローだった。 このノートの使い方は、実験結果を記録しておく記録装置的な役割と、そこから新しい意見を生み出すための発想を作り出す役割があったのだと思う。
しかし、ソフトウェアエンジニアになってからはそのプロセスはない。 というのも自分の成果物はコードに具象化されて、それはgithubのpull requestで把握できるから、わざわざノートに書き留める必要はないからだと思う。 ただコードを書くだけのエンジニアにとってノートは、記憶装置でしかないのかもしれない。 コードを書くだけのエンジニアは、アイデアは上流から降りてきて、それをどう実現するかを考えるのが仕事であり、その立場では情報収取をして、「どのようにして問題を解くか」を考えるのが重要だからである。
👈 Go back